なんちゃってひとりパー〇さん事件

 

遠征だいすき、フットワーク軽めの錦戸担ですが
こんな私が、“遠征やべぇ!超楽しい!”ってなった昔話をします。
はっきり言って、悪い見本です。真似しないでください。
そしてこれは、完全なる自己満で書いています。

現在は福岡在住ですが、数年前まで(一応)関西に住んでいたので
京セラ長居くらいは、自分の中で遠征というイメージがありませんでした。

ど田舎の、校訓は文武両道という(自称)進学校の小さな高校に通い
高校3年の夏まで休みもなく毎日クラブに打ち込んでいました。
部活を引退して、周りの友達達が受験勉強に励む中、私はアルバイトを始めました。
なぜなら、私の好きな錦戸さんが所属する関ジャニ∞の8周年記念イヤーだったから!

そして、8estのアリーナツアーが発表されたとき、私は新潟行きを心に決めました。
なぜなら、私の大好きな錦戸さんのお誕生日公演だったから!

ま、案の定すごい倍率だったみたいで外れたんですけどね笑
そして、意外にも私はすぐに諦めました。そうだよな〜みんな亮ちゃんのお誕生日お祝いしたいよな〜と。

ただ、私には強い味方がいました。お父さんです!
まさかまさかのお父さんの職場の方の娘さんがすばるくんファンで
新潟公演1週間前くらいに、まさかまさかでチケットを譲って頂けました。
私はこの瞬間に、神というものの存在を確信しました。

そして、私の初めての遠征、そして1人での遠征、8est新潟公演が決まったのです!

ただ、新潟は遠かった。
まずアルバイトをし始めたといえども、高校生にお金もなく私は1番安い交通手段を探した。
やっぱり安いのは夜行バスか〜と完全に金銭面だけで人生初の夜行バスに乗ることを決めた。
しかし、公演1週間前ということもあり、夜行バスは満席だった。
と思っていたら次の日、まさかの増便が決まった!神様ありがとう(2回目)
早速、増便された夜行バス、大阪発新潟行きを予約。

そして、新潟からの帰りは月曜の学校に間に合うように
電車と特急を乗り継ぐことに決め、担任に学割をもらいに行った。
高校3年の進学コース11月なんて模試の嵐である。
毎週、マーク模試記述模試が交互に行われ、一喜一憂するのである。
そんな中、私は担任に学割をもらいに行った。

「今、大阪にある先祖のお墓を新潟に移すことになったので、新潟までの学割をください」

と真面目に言った。本当、今思えばバカすぎる。
でも、当時は一生懸命(言い訳を)考えたのである。
そして、担任に“ ??? ”みたいな顔をされながらも学割をゲットした!
ちなみに、その週はマーク模試だったので、「新潟で模試を解いてくるので模試もください」と言って模試のセットも貰った。

ライブ後に泊まるホテルも予約したのだが、会場である朱鷺メッセの近くは一杯。
なので、近くの?燕三条のホテルを予約しました。

お父さんはチケット譲ってもらったこと知ってるし、新潟行き知ってたけれど
お母さんには前日まで内緒にしてました…(。-_-。)

そして時はやってきた。
2012年11月2日5限終わりに最寄駅に走り、大阪行きのバスに乗った。
気分はルンルンである。私の初めの遠征が今始まったのだ!と1人ルンルンである。
大阪まで約3時間バスに乗り、無事難波に到着〜
と思ったらすぐに難波発新潟行のバスに乗る〜

乗ってびっくり!マジか…という狭さ!これで新潟まで行くのか…とびっくりした。
が、新潟で亮ちゃんが待ってる〜と思えば全然余裕だった。

と、いえども約13時間、小学校の遠足みたいなバスで
リクライニングもないし、隣と人とずっと当たってる感じで…全然寝れなかった。

ただ、バスに乗ってる人は99%くらいエイトのライブに行くんだろうな…という感じで
カバンから出てるわ、出てるわ、団扇のエが!仲間の印!
だから、11月2日から3日に日付が変わったとき
誰かハッピーバースデーって歌いだすんじゃないかとドキドキしてた💓バカ
ま、誰も歌わなかったし、みんな静か〜に亮ちゃんのお誕生日を迎えていました。当たり前
私は心の中で、「亮ちゃん!お誕生日おめでとう〜!今から行くよ!」と叫び
せっまい夜行バスで一夜を過ごしました。あんなに寝れなかった日はない。

 

そして、新潟到着〜!人生初の新潟〜!そして多分、もう行くこともない〜
私が新潟について初めにしたことは、帰りの電車の確保。
みどりの窓口に向かい、「(ホテルを予約していた)燕三条から〇〇駅(私の最寄り駅)まで1番安い切符をください」と学割を自信満々に出しながら言った。
学割を使っても13000円くらいで、高校生の私にはキツかった〜
一緒に会場からホテルがある燕三条までの切符も買った。
これで交通費は全部払い終わった〜一安心。

そして、ホテル代7000円を財布から抜くと、残金は500円弱。
新潟まで来たのに、財布の中には1000円もなくお土産も買えなかった。
お金はなくてもお腹は空くので、とりあえず飴ちゃんと水を買った。
残金は300円くらいになった。ひもじい。でも、私は幸せだった。
なぜなら、私の大好きな錦戸亮ちゃんのお誕生日をお祝い出来るのだから!!!

ただ、私が全く予想していなかったのはiPhoneの電池の減り具合である。
遠足みたいな夜行バスにコンセントなんかあるはずもなく、コンセントがあるカフェに入るお金もなく
ライブ前に、私のiPhoneちゃんの充電は尽きた。
高校生がたった1人で、地元から遠く離れた異国の地、新潟で、携帯も繋がらない状態で、ライブに行っている。
本当に、今更ですが親には心配かけたなぁと思っています…

でも、ライブは最高だったぁあああ。・°°・(>_<)・°°・。
お誕生日おめでとうも言えたし、よこりょのチューも見れたし最高だった。・°°・(>_<)・°°・。

友達もいない、携帯の充電もない、この喜びを共有できる人もいない本当のひとりぼっちだったけれど
新潟まで来て、ライブに入れたこと、お誕生日お祝いできたことが嬉しくて大満足で
よし!今日はホテルに帰って、寝て、明日気をつけて地元まで帰るぞ!

…という時に事件は起きた。

会場である朱鷺メッセから歩いて新潟駅に行き、燕三条までの電車に乗ろうとした時に事件は起きた。
燕三条までの電車がない。
ほんと、え?( ̄。 ̄ノ) だよね…電車がないよね…
燕三条行きの普通電車最終は発車後だったよね…

慌てて、みどりの窓口に行き燕三条まで行きたいんですけど…( ; ; )」と言うと
「あ〜普通電車はもうないですが、新幹線ならまだありますよ〜(^o^)」と言われた。
普通電車の切符は持っている。普通電車の切符で新幹線に乗るためには860円の自由席特急券を買わなくてはならない。
お財布の中を見てみる私。うん。300円くらいしかない。買えない。何回見ても足りない。
ゆうちょのキャッシュカード持ってたけれど、時間外でお金は下ろせない。
860円の切符も買えないなんて…ドル誌とテレビ誌1冊ずつくらいなのに…
860円の切符も買えないなんて…これは、もしかしなくてもピンチではないか?

みどりの窓口のお姉さんに事情を説明すると、お姉さんはすごく心配してくださった。親身に話を聞いてくださった。
でも、当たり前だが860円を払えない私は新幹線に乗ることは出来ない。
ホテルの最寄りである、燕三条まで行くことが出来ない。
まじでピンチか〜と思ったとき、お姉さんが「今お待ちの切符で東三条までなら行けます」とおっしゃった。
なぬ?東三条…???(⌒-⌒; ) 土地勘が全く分からなかったのだが燕三条の近くらしい。
お!これは燕三条まで行けるかもしれない!と思い、とりあえず東三条まで行ってみることにした。

電車に揺られること約50分、目の前にライブ終わりであろう同い年くらいの錦戸担の女の子が座っていた。
いいライブでしたね…亮ちゃん可愛かったですね…😭
といきなり話しかける勇気はなかったので心の中で話しかけていた。キモい

そして、東三条に着いた!真っ暗!何も見えない!街灯もあんまりない!

iPhoneの充電もないし、地図もないし、とりあえず駅員さんに聞いたら
「近くに交番があるからそこで聞いたらいいよ〜」と言われた。

で、早速交番に行った。
お巡りさんは驚いた。なぜなら、私のほっぺたにはおっきな∞マークのボディーシールが付いていたから。
今思えば、まじ恥ずかしい〜つけたままみどりの窓口並んで、つけたまま1時間近く電車に乗ってたわけじゃん?
しかも、1人でだよ?やばくない?恥ずかしくない?
でも、当時の高校生の私は浮かれていた。なぜなら、錦戸さんのお誕生日公演の後だから💓
お巡りさん事情を説明し、燕三条のホテルまで歩いて行きたいこと、携帯の充電が切れたので親に連絡していないことを伝えた。
「君はどこから来たの?」
「(関西の)〇〇県です」
「!!!!! ひとりで…?」
「あ、はい。ひとりです」

という、補導されてもおかしくない会話が交わされた。
この時、だいたい時間は、日付が変わり0時半くらい。

とりあえず、電話を貸してくれたのでお母さんに電話した。
何時間かぶりにかかってきた電話だったので、お母さんはすごく心配していたみたいだった。当たり前
そして、携帯の充電が切れたこと、電車がなくなったので今からホテルまで歩いていくことを伝えた。
今までも心配してくれていたのに、更に心配かけることを言ってしまったので
お母さんはプチパニックを起こした。当たり前
「今、交番なんやろ?お巡りさんにホテルまでパトカーで送ってもらいよ〜( ; ; )」
お母さん、パトカーはタクシーじゃないよ。しかも、私お金もないから無料タクシーになっちゃうよ。
と、こんなことを言って「ま!安心して!大丈夫やから!」となぜか自信満々に答えて電話を切った。

お巡りさんは、燕三条までの道を教えてくれたが
未成年がこんな夜中に歩いていくことにオッケーは出さなかった。当たり前
でも、だからと言ってパトカーで送ることもできないと言った。当たり前
どっちとも、なんとも言えないっていう感じだった。当たり前

でも、私は交番にただ道を聞きに行っただけなので
道を教えてもらえたので充分満足だった。
そして、私は街灯もほとんどない真っ暗な道を燕三条に向かって歩き出した。所持金300円あまり、携帯の充電はゼロ。

案外怖くなくて、というかライブ後ということもあり浮かれていたのでルンルン気分で歩いていた。
だいたい1時間半くらいだと教えてもらったので、とりあえず、あ〜るこ!くらいの気持ちだった。
歩行者ゼロ、車もたま〜に通るくらいの道をひたすら歩いた。

途中、ひとりだけすれ違った人がいて、一応燕三条の方向が合ってるか聞いてみた。合ってた!方向音痴だけど合ってた!

そして、夜道を歩くこと1時15分くらい…予定より早く燕三条のホテルに着いた〜だいたい時間が夜中の3時前くらい
無事にチェックインを済ませ、まず携帯を充電した。
携帯が回復した瞬間、お母さんに電話をしたらお母さんは心配で寝れんかったわ!と言っていた。
ごめんね、お母さん。心配かけてごめんね。と思ってはいたが、いたのだが!
ライブが終わってから誰にも、まだライブの話をしていなくて!
お母さんにライブの話を、ダァアアアアアと一方的に話した!
「もうわかったから。早く寝て、お母さんも寝たい。おやすみ」とお母さんは途中で電話を切った。

お母さんに話を聞いてもらえて、満足した私は、その後お風呂に入って寝た。
2012年11月3日、錦戸亮さんの28回目のお誕生日の日に、私は結局飴ちゃんと水しか口に出来なかった。お金がなかったから笑

私は泥のように寝た。なぜなら、前の日の夜行バスで寝れなかったから。
でも、朝7時台の電車に乗る予定だったのですぐ起きなければならなかった。

そして、帰りの特急で模試をするつもりで、担任に貰ってきたマーク模試を広げた。
特急のテーブルに広げた。広げたのだけれど!眠すぎて眠すぎて、1問も解かずに寝た。
帰りの電車はずっと寝ていた。起きたら着いてた。こんな感じ。乗り換えた記憶もない。

そして、最寄り駅までお父さんが迎えに来てくれて、私の初めての遠征が終わった。

ここまで読んでくださった心優しい方は、『え?これがキッカケで遠征好きになったん?え?まじで?』と思われていると思うが
はい。そうです。これがキッカケで遠征にハマりました。
高校生の私には、快適さもない、お金もない遠征でしたが
すっごく面白かった!(いろんな危険と隣り合わせだったと思うけれど)
お土産も買えず、ご飯も食べられず…だったけれど楽しかった!
お母さんにもお父さんにも、きっとみどりの窓口のお姉さんにとお巡りさんにも心配をかけたと思うし
本当に申し訳なかったと今でも思っているが、いい想い出になった。

なんやかんや公立大学に進学し、遠征の頻度も増え、あの頃よりはリッチな遠征が出来るようになったけれど
初めてのはちゃめちゃな8est新潟遠征は、私の中ではいつまでも特別です。

ただ、良い子は絶対に真似しないでください。
少し多めにお金を持っていく、携帯は繋がるようにし充電には気をつける。
幸いにも私は事件に巻き込まれなかったけれど、事件に巻き込まれる可能性だってあっただろう。
なので、遠征するときはちゃんと準備して、余裕を持って行ってくださいね。(私なんかに言われたくないだろうけど笑)

Have a Good Trip💓